情報屋とは?

 

情報化社会への変化は留まる所を知らないばかりか、ますますその勢いを増長させている。

 

巷にはメディアを通じた情報の露出が無限大に増え、いともたやすく無料で欲する情報を手に入れることができる。

 

インターネットの登場によって、情報はタダで手に入るというのが一般化して久しい。

 

ただし、タダで手に入る情報というものは、従来から存在した。

 

テレビやラジオといった公共放送である。

 

注意すべきは、NHKは一応除き、テレビやラジオを通じて入ってくる情報というものは意図的に加工された情報であるという点である。

 

従来のメディアの弱点は、その活動資金のほとんどを広告主からの広告料で賄われているという点に尽きる。

 

視聴者を喜ばせること以前に、広告主を満足させることが彼らの至上命題であり、存在理由である。

 

ここで必然的に起こり得るのが、『やらせ』であり、『誇大広告』である。

 

このことから、彼らの発する情報を鵜呑みにすることは、愚かな行為である。つまりは信用できない。

 

正確で有益な情報を得るには金がかかる。

 

広告主からメディアへのお金の流れを念頭に置けば、その情報の確実性はある程度推測できる。

 

資本主義社会が存続する以上、不正確な情報は氾濫し、力の源へ情報は偏るのである。

 

と、ここまではよくある話。(よくある話とはいえ、認識していない人が多数で、お茶の間の流行など既存のメディアの力でいとも容易く操作できる。まさに、思考停止社会である。)

 

さて、インターネットの普及によってもたらされた変革は数知れないが、その中の一つが情報の質の変化である。

 

既存メディアの代表であるテレビと比較してみよう。

 

まず、テレビはマスメディアとも呼ばれるように一般大衆に向けた守備範囲の広い情報を発する使命がある。

 

広く、浅い。

 

情報にお金を出すのは先述したように広告主であり、情報は常にテレビ局から視聴者への一方通行で垂れ流される。

 

これに対して、ネットを通じて流される情報は守備範囲が限定されない。マクロ的な漠然とした情報からマニアックでアンダーグラウンドな情報まで、百花繚乱、玉石混交、なんでもアリの様を呈している。

 

広く、深い。

テレビと決定的に違うのは、個人が誰でも比較的簡単に情報を発信できる点にある。しかも、情報の流れは一方通行ではなく、インタラクティブ(双方向)性を伴っている。

 

インターネットはカオス』であるという言葉がもっとも端的にその性質を表している。

 

お金の流れも、従来からの広告主云々の形はもちろん、完全永久無料なものも多いが、特筆すべきは個人から個人へのお金の流れが発生したことであろう。

 

個人が発生する情報に対してお金を払う?これには例えばアフィリエイトがある。アフィリエイトは、個人がホームページやブログで紹介した商品やサービスに対してユーザーがアクションを起こすことにより報酬が発生する。

 

広告主は従来の大手メディアを介した広告以外に、よりパーソナルにアプローチできる宣伝手段を獲得した。コレはコレで革新的なことではあるが、商品やサービスの恣意的で過剰な宣伝により情報が歪んでしまうことは従来となんら変わりはない。

 

さて・・・前置きはこの位にして(な・・・な、長ッ!しかも固ッ!)、ここで初めて情報ビジネスの登場である。

 

勝ち組と負け組という言葉が流行しているが、時代は一握りの大金持ちとそれを取り巻く大多数の貧乏人という二極化の方向へと急速に進んでいる。

 

勝ち組に共通するものはなにか?

 

それは親の七光りのボンボン野郎か金が全てで自己中心的というルシファーに魂を安売りした輩の腐敗した脳味噌である。

 

その一つが正確で有益な情報の収集と、それに基づく行動の決定である。

 

携帯端末の登場により、四六時中情報に『包囲』されている現代人にとって重要なことは、言うまでもないが、情報の価値とは、量より質である。

 

残念なことに、世間に溢れる膨大な情報のほとんどはゴミである。

 

しかも、ネットに流れる情報には、時折ニュースにもなる悪徳業者や詐欺師などが多く潜んでいることがまた性質が悪い。偽の情報を信じこんでしまうだけでなく、金銭的な被害まで発生する。

 

ただし、負け組から勝ち組へ這い上がろうとするハイリターンに際して、ハイリスクはつきものである。

 

情報ビジネスとは、そんな社会的な背景とインフラの整備によって近年大いに盛り上がりを見せている。

 

情報とはいっても、数十からせいぜい数百ページの電子文書。0と1の羅列からなるデジタルデータである。そんなもんに誰が金をはらうか?というような考えは間違ってはいない。

 

「タダより高い物はない」情報でも人生は「やり過ごせる」であろうから。

 

ただし、情報洪水の渦中で、いかに流れてくる膨大な石ころや流木の中からダイヤモンドを掴み取るかはヤッパリ金銭的な関係に還元するのが最も合理的で手っ取り早い。

 

なぜなら、情報を買った人の評価でその情報の価値と売上が決定されるからである。

 

情報ビジネスで大儲けするには、有益な情報を精査し、さらに磨き上げなければならない。

 

ここにも競争原理は存在し、使えない情報はユーザーの評価によって淘汰される。

 

さらに情報を買うということは、意外にも「時間を買う」ことでもある。

 

なぜなら、正確な情報を入手することにより、無駄な寄り道に翻弄され時間を浪費することがなくなるからである。

 

目的に対して拓かれた、よりストレートな道しるべ。これが情報を買うことの意義の一つであり、有益な情報には必要不可欠なものである。

 

意外と軽視しているかもしれないが、ズバリ言う。

 

貴方の人生は予想外に短い。

 

別に癌の告知とかではなくて、天寿を全うし大往生することを想定しても、やっぱり短い。

 

願わくば、寄り道なんてしたくはない。

 

しなきゃいいんです。金で解決しましょう。下手したら10年が1日に縮まります。

 

脳味噌を丸く、やわらかく、真っ白にして考えて欲しい。

貴方の人生には目的がある(強要じゃないですよ!目的は存在するものではなく、作るものですからね!)。

目的には手段が必要だ。

手段は千差万別、より円滑に目的を達するには有益な情報が必要だ。

有益な情報にはそれ自体に金が集まる。

貴方はその強力な手段と時間を金で買う。

目的達成。終了もしくは新たな目的を見出す。

目的には手段が必要だ・・・以下同じ。

 

拍子抜けするくらい簡単なことだ。活字にすると。

 

しかし、実際には目的に近づく過程でゴミ情報を掴まされたり、情報自体が貴方のポリシーに反したり(大切なことだ)するかもしれないリスクは負う。

 

『すべて思い通りにうまくゆく人生を送る方法』なんて情報が売られていたら全財産を投げ打ってでも入手したいものだが、そんなものは存在しない。多分。

 

人生とは常に凸凹な道であり、その凸凹っぷりがドラマを生む。(忘れちゃイケネェのは、不幸という概念があるからこそ、幸せに俄然価値が出るってコトですぜ)

 

ただし、その凸を最大限にし、凹を最小限にすることはできるんじゃないかっていう発想が、幸せな人生を送りたいであろう貴方への私からの提案である。

 

 

夢を夢で終わらせないために。

 

夢を夢で終わらせたくない人へ。